雪の綾部大本みろく殿
信徒だより

「大本入信への道のり~いただいた掛け替えのない大変なお陰~」

1.強い鞭打症になって

私は信仰一世で、大本入信への道のりは、今から50年以上前、私が20才の学生だった頃、友人に誘われて何事も経験だと称して、学生デモに参加した時から始まります。

特に社会主義・共産主義思想を持っていた訳ではないのですが、岡山から友人と一緒に夜行寝台列車で東京へ、そして羽田空港で佐藤首相訪米阻止の学生デモに参加しました。学生運動が激しくなった最初のデモであり、そこで運悪く私は逃げ遅れて、機動隊の警棒で首筋を強打されました。このため当時は病名すらなかったのですが、強い鞭打症になり、大学病院など色々と通院したのですが、一向に治らず、時折、吐き気、めまいに襲われながら、憂鬱な気分で2年余りを過ごしていました。

私が新しい下宿に移ったところの大家さんは、多くの人を大本に入信のお導きをされた宣伝使でした。私はこの大家さんに、実の親にも勝るほど、心から可愛がっていただき、大変なお世話をしていただきました。

 

2.人生の目的は何か、生きがいとは何か

当時の私は、人生の目的とは何か、価値ある人生とは何か、人生に価値や目標を見い出せず、色々と悩んでいました。お金でも出世でも名誉を得ることでもない、これらは得たとしても所詮虚しいものであり、何か分からないが、人生には尊い価値のあるものがあるはずだと、暗中模索の日々を送っていました。
そんな頃、大家さんに大本の教えを色々と教えていただきました。私が大本の教えで最初に感銘を受けた言葉は「愛善信真」です。
また、大本神愉を読んで、この世には神さまが実在し、人間をご守護していただいているということを感得することが出来ました。何と素晴らしいことであろうか、大本の教えに従って世の為人の為に、誠の心で生きていくことこそが本当の人生の生き甲斐であり、尊い価値のある生き方だと思うようになっていきました。

大宇宙に広がる至仁至愛の神の無限の愛と善、神の絶対の真理の重要さを少しでも感じることが出来たように思いました。

 

3.み手代お取次ぎ

ある時、徹夜麻雀の遊び過ぎで、心臓が苦しくなって眠ることも出来ないような状況となりました。
大家さんにみ手代お取次ぎをしていただき、その場で非常に気持ちが楽になり、安らかな気持ちで眠りにつくことができました。
そして心臓発作も完全に治り、その後は一度も心臓発作は起こらず完治いたしました。
それからというもの、不思議にも麻雀に興味がなくなり、麻雀を止めることができました。

大本の神さまのお力の凄さに感動し、お陰をいただいたことに心から感謝をいたしました。

 

4.日出麿先生が枕元に来られた

ある晩、鞭打症で気分が沈んで、暗い気持ちで布団の中に入っておりました。日出麿先生のことをそれとなく思っていたのか、夢か現かわかりませんが、お写真で見て知っていた日出麿先生が、私の枕元に来られ、私の顔をじっと見つめておられました。
それから、スッと心が軽くなり、明るい幸せな気持ちで眠ることができました。

 

5.長年の鞭打症が一度で完治する

そんなことがあって間もなく、大家さんが、大本に偉い先生がおられるので、一度見ていただこうということになり、その先生のところにお伺いすることになりました。

当日、先生は座敷の奥に座っておられ、見ていただく人達は廊下で面会するのですが、私の前に5人位の人がおられました。
先生は私の順番が来るのを待っておられたのか、その方達には言葉で質疑応答され、手短に面会を済ませられ、すぐに私の順番になりました。
私の順番になると、先生は私の説明もそこそこに、ニヤリと笑われてすぐに側に来るように指示されました。
私が先生の側に寄ると、「背中を向けなさい」と、目の不自由なお方でしたが、まるで全て見えているような指図でした。
私が背中を向けると、いきなり、手に力を込めて私の首筋を摑まれました。
その瞬間ハット気付いたことですが、まさしく長年調子の悪い当時官憲に打たれた首の急所でした。
自分でも決して探しあてることが出来ないような私の急所を摑まれ、フット邪気のようなものを落としていただきました。

これによって、今迄長い間治らなかった鞭打症が完全に治り、それ以降、今日まで一度も鞭打ちの症状は出ず、完全に治癒いたしました。私は、何にもまして、大きな大神さまのお陰をいただきました。

 

6.三代教主さまにお会いして

昭和45年頃のことですが、今でいうお作品展だったと思いますが、岡山の展示会場のある天満屋デパートに三代教主さまが来られるとのことで、大家さんがデパートに一緒に連れて行って下さいました。
私が展示場の入り口付近でもじもじしていると、奥の方から三代教主さまが、私の真正面に来られ、結構長い間じっと私の顔を見つめて下さいました。私は恥ずかしい気持ちで一杯でしたが、今になって思えば、三代教主さまが、私を大本に引き寄せていただいたのではないかと、大変ありがたく、感動いたしました。

 

7.大道場修行に連れられて

大学4年で卒業も迫ってきた頃、大家さんが大本の大道場修行につれて行って下さいました。大本本部の起床時間は5時だったと思いますが、夜更かしと朝寝で怠惰な生活をしていた私にとっては、朝5時は真夜中のような気分で、講話では眠さとの戦いでしたが、講話のお話が本当に素晴らしく、他では決して聞くことのできない、人間にとって最も大切なことを教えていただき、感動の連続でした。先生方の心からの真摯で清純な人格、お姿にも感動いたしました。眠さとの戦いの末、いよいよ大八洲神社の船での巡拝となり、私も一応の修行を無事終えることができて大神さまに感謝いたしました。そして道場修行の後、いよいよ大本に入信いたしました。大家さんに出会ってから約3年が経っていました。

 

8.大本の大神様、信仰の有難さ

私を大本の信仰の道にお導きいただいた大神さまや、大家さんをはじめ多くの方のご恩に心より感謝しております。大本の信仰を持つことで「心身の安心立命」を得ることができました。大本の信仰がなければ、私の人生はもっと暗いものになっていたことと思います。
大家さんにはいつも、誠、誠、誠が大切だと教えていただきました。
誠の意味は、「どんなことにも、どんなことがあっても、だれにたいしても、そして自分の人生に対しても、心からの真心で人生を生きて行け」という意味だと捉えております。
今はもう、大家さんは帰幽されておりお会いすることは叶いませんが、いつまでも感謝の心は消えません。
しっかりとした信仰の道を歩んでいけないことを、申し訳なく思いますが、私が大本の道を真面目に生きて行けば、少しでも大家さん対するご恩返しになるのではと思い、大本の道に精進して行きたいと思っております。

言(こと)の葉(は)に たたへ尽(つ)くせぬ皇(すめ)神(かみ)の 恵(めぐ)みにむくふ すべもなきかな

 

名古屋分苑神ノ倉分所 山田謙三