大本朝焼けのみろく殿
コラム

「9.11と万霊祭祀」

「万霊」の救済「万霊祭祀」

大本では、世界各国の戦争や自然災害、不慮の事故などによる犠牲者、また、まつり主のいないすべての神霊を「万霊」と呼んでいます。
世の中が混乱し、多くの尊い命が犠牲となり失われている昨今、不慮の死を遂げ霊界に旅立つ人も少なくありません。そうした「万霊」の救済と向上を大神さまに祈願し、慰霊を行うみたままつりを、「万霊祭祀」といいます。

大本では、霊界と現界は表裏一体の関係にあり、霊界が浄められれば現界がよくなると教えられています。「万霊」の意志、想念、感情は、良くも悪くも現界にいる私たちに大きな影響を及ぼします。大神さまのご守護のもと、真心からの慰霊によって救われた「万霊」の喜びの想念、感情は、霊界から現界に良い影響をもたらします。

大本で行う「万霊祭祀」には、大神さまのみ救いと真心からの慰霊とあわせて、戦争のない世界、平和への願いが込められています。

 

「万霊祭祀」の歴史

大本における万霊慰霊の歴史は、昭和25年までさかのぼります。出口王仁三郎聖師の二年祭にあわせ「万国無縁の万霊慰霊祭」が執行され、「天王平」(綾部市梅松苑から500メートルほど南西にある大本歴代教主・教主補の奥都城[墓所])にある「新祭殿(旧名「斎納社」)」に「万霊」が鎮祭されました。
次の二首の歌は、その時、出口すみ子二代教主が詠んだものです。

「ありがたや幾萬年をくるしめるみたまらすくひの舟に乗るなり」
「霊界にくるしむみたまを世にあげていつきまつるぞうれしかりけり」

その後、昭和26年9月24日に綾部市 何鹿郡六ケ村出身の戦没者2188柱の慰霊祭が執行されました。そして、出口すみ子二代教主の発意に基づき、同年11月1日には「第二次世界大戦万国犠牲者慰霊祭」が行われました。参列した遺族は約2000人、来賓一般参列者が1000人にも達しました。慰霊祭後は、「新祭殿(旧名「斎納社」)」に合祀し祭祀を行うことになりました。
その後、国内外のすべての戦争犠牲者、そして自然災害などで不慮の死を遂げられた「万霊」を定期的に合祀すると共に10年ごとに、「世界平和祈願万国万霊慰霊祭」の名称で祭典が行われるようになりました。

 

「万霊社」新設

平成13年9月11日、米国同時多発テロ以降、テロと呼ばれる事件が多く勃発し、多くの人々の命が犠牲になりました。また、東日本大震災をはじめ、気候変動による大雨など、大きな自然災害が立て続けに起こり、毎年、多くの人々の命が失われています。大本では、平成14年から毎年9月11日に、「世界平和祈願万霊慰霊祭」が執行されるようになりました。

平成18年2月、「みろく殿」内に「万霊社」を新設することが決定され、平成20年5月5日に「万霊社」が新設されました。
同年9月10日から、「新祭殿(旧斎納社)」で、「万霊」の「新霊(帰幽された霊を50日間は新霊という)」を招魂する「新霊祭祀」が毎日行われるようになりました。
そして、その50日後の10月28日から、「万霊社」での「五十日合祀祭」が、毎日執行されることとなり、「万霊」に対し、日々のお給仕、毎日の礼拝が行われています。また、月次祭や春秋の大祭で、手厚く祭典を行い、霊界での幸福、霊魂の安定と向上を祈願しています。

大祭、月次祭以外の祭典としては、毎年3月11日に、「東日本大震災犠牲者慰霊祭」が、6月23日に「沖縄全戦没者慰霊祭」が、8月6日に「広島原爆犠牲者慰霊祭」が、8月9日に「長崎原爆犠牲者慰霊祭」が、8月15日に「第二次世界大戦万国犠牲者慰霊祭」が、9月11日に「世界平和万霊慰霊祭」がそれぞれ執行されています。また1月17日には、「阪神淡路大震災犠牲者慰霊祭」が、節目の年に執行されます。

 

東海教区特派宣伝使 前田茂太